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仙台高等裁判所 昭和63年(く)27号 決定

主文

原決定を取り消す。

本件再審請求を棄却する。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は、福島地方検察庁検察官検事渡部喜弘作成名義の即時抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、要するに、原決定が新証拠として掲げる証拠はいずれも新規性・明白性がなく、確定判決の有罪認定は優に維持し得るものとして請求人の再審請求は棄却されるべきであったにもかかわらず、これを容れた原決定は失当であるから、その取消し及び再審請求棄却の裁判を求める、というのである。

第二本件再審請求の経過

本件再審請求の経過は、原決定第一及び第二記載のとおりである(ただし、同第二の3の一〇行目に「第四回」とあるのを、「第三回」と、同第二の4の(一)の①、⑤に各「本件商品券」とあるのを、「本件商品券等」と訂正する。)ので、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  証拠の新規性と明白性について

本件再審請求は刑事訴訟法四三五条六号を根拠とするものであり、本件抗告の理由も、原決定が挙示する証拠によってはいずれも同法条所定の「無罪等を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」に該当しないとするものであるので、まず、右にいわゆる証拠の新規性及び明白性についての当裁判所の立場を、本件の判断に必要な限度において示すこととする。

(一)  まず、原決定は証拠の新規性について、同法条所定のあらたな証拠とは「原判決前に存在していたか否かを問わず、確定判決後に裁判所があらたに発見したもの」を言うと解しているが、右は、新規性を専ら裁判所の側からのみ考えている点において広きに失し、再審を請求する当事者において、裁判所の判断を誤らせるために殊更に意図的に証拠を秘匿したような場合をも含む結果を来す点において相当ではないが(最高裁判所昭和二九年(し)第四〇号、同年一〇月一九日第三小法廷決定、刑集八巻一〇号一六一〇頁参照)、実体的真実主義の観点を重視すると、明白性がありながら、それが提出されなかった当事者側の事情等によって再審請求の可否が決せられるとすることも又容認しがたく、単に当該証拠の存在を知っており、確定審の公判に提出が可能であったからといって直ちに新規性が失われるものではないと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和五一年(く)第二三号、同五五年一〇月一六日決定、刑裁月報一二巻一〇号一一二四頁。なお、最高裁判所昭和四四年(あ)第一三八四号、同四五年六月一九日第二小法廷判決、刑集二四巻六号二九九頁参照。)。

(二)  また、新規性は、確定審で判断を経ていない証拠であるか否かとの観点から考察されるべきものであるから、当該証拠が内容的に確定審において取調済の証拠と同一立証事項に向けられたものとして証拠資料が同一でも、証拠方法が異なれば、原則として新規性は肯定されるが、証拠方法が異なる場合でも、供述主体が同一で内容が同趣旨の場合には新規性は否定され、他方、証拠方法が同一でも、証拠の内容に変化があれば肯定されるものと解するのが相当である。

(三)  更に、前項と同様の観点からして、確定審において既に証拠調請求がなされたが、必要性がないとして却下され、実際に取り調べられなかった証拠については、裁判所としては証拠調請求がなされた段階で、当該証拠方法としての存在のみならず、その証拠資料としての内容も一応予測したうえ、これを取り調べなかったものと認められるから、判決確定後においてその内容が明らかにされたからといってそれが当然に新規性を有するものになるとは考えられず、当該証拠の内容が、確定審の予測を越えるものと認められる場合以外は、その内容をあらたな証拠に当たるとして援用することは原則として許されないものと解される。

(四)  次に、証拠の明白性については、原決定も引用摘示するとおり、刑事訴訟法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである(最高裁判所昭和四六年(し)第六七号、同五〇年五月二〇日第一小法廷決定、刑集二九巻五号一七七頁)。

原決定は、その取り調べた証拠の新規性及び明白性についての判断を個別具体的に示していないが、その理由の第三の二に「当裁判所が取調べた証拠」として、同審においてあらたに取り調べた証拠全部を掲げ、これを受けて、同三に「新証拠によって認められる事実」として、1ないし5に、同二に挙示してある個々の証拠中から認められる事実を摘示し、同四において、確定判決の事実認定自体に対する疑問を提起したうえ、同五において、同三の各事実によると右疑問は一層深まったとし、同六において、「当裁判所の取調べた証拠をもって『新規明白性』を満たすというべきである。」旨結論づけていることにかんがみると、同二記載の証拠全部に新規性を肯定し、そのうち少なくとも同三記載の証拠に明白性を認めた趣旨と解される。

そこで、以下に原審において弁護人及び検察官が提出し、かつ裁判所が職権をもって取り調べた各証拠の新規性及び明白性の有無について順次検討を進める。

二  本件各証拠の新規性について

(一)  弁護人提出にかかる各証拠の新規性について

(1) 請求人作成の昭和六二年四月一八日付上申書は、その記載事項のうち請求人が警察官の取調べにおいて自白した事情、検察官による取調べの状況等は確定審において詳細に供述するところと同旨であって、新規性に乏しいが、昭和五八年一一月一〇日夕方、請求人がH方に二〇万円を置いて帰宅した際の警察官とのやりとりを、当時来宅していた娘のC子が聞いていたことを忘れていたという点及び請求人が警察での取調べの翌日J弁護士に相談した詳細並びに請求人がHからの名刺を受領していた事情については確定審においても触れられておらず、後記C子の上申書やJ弁護士作成の陳述書と相まって新規性自体は有するものと解される。

(2) B子の原審証言及び同人作成の上申書(一)及び同(二)、並びにG子作成の上申書は、その記載内容が、既に確定審の控訴審において、各弁護人により控訴理由として主張されたもので、かつその立証のため弁護人からB子及びG子が証人申請されたが、検察官から「不必要」の意見が述べられ、裁判所により却下されたことが認められ、右控訴趣意書及び各上申書の記載内容に照らし、右証言及び各上申書が、控訴審の予測を越えたものとまでは言えず、前示一の(三)の理由により右各証拠の新規性を有するものとは解されない。

(3) C子作成の上申書は、(1)記載の請求人の上申書中の同年一一月一〇日夕方請求人方での請求人と警察官との会話内容に関するものと同旨内容のものであるが、証拠方法が異なり、前示一の(二)の理由により、右証拠の新規性自体は有するものと解される。

(4) H作成の上申書は、本件商品券等を供与した際の状況に関するもので、確定審において既に詳細に尋問されている点ではあるが、本件商品券が箱入り包装のうえ、西武デパートの紙袋に入っていて、それを見てすぐ商品券とは分からないかも知れない、との記載部分において新規性を全く失うとまでは言えない。

(5) J弁護士作成の陳述書は、請求人が本件取調べを受けた翌日の午後三時ころ、同弁護士が請求人から商品券相当額をHに返却することについて相談を受けた状況に関するものであり、その内容に照らし新規性は有するものと解される。

(6) 写真一四枚は、本件商品券の提供状況及び商品券の包装状況に関するものであり、右(4)のHの上申書等を補足するものとして、新規性自体は肯定できる。

(7) 請求人方住宅一階平面図は、請求人方の部屋の配置等を記載したもので、直接にはB子及びG子の上申書を補足するもので、両上申書が前記のとおり新規性を肯定できない以上、右図面も新規性に乏しいともいえるが、玄関や仏壇の位置等の記載について既存の証拠やHの上申書等を補足するものとして新規性自体は肯定できる。

(8) 請求人作成の「二頭龍大神祭神記」と題する書面は、二頭龍大神の小社の建設が昭和五六年四月九日起工し、同月二〇日竣工した、とする点において新規性を有するものと解される。

(二)  原審が職権で取り調べた証拠の新規性について

(1) 鈴木勝男作成の捜査復命書は、同人の確定審における証言に照らし、また落合の昭和五八年一〇月五日付、同月一四日付、同年一一月一二日付各員面調書は、同人の確定審における証言に照らして、内容的に同旨であり、更にKの検察官に対する同年一二月一日付供述調書謄本は確定審において取り調べたものと原本を同じくする、内容的に同一のものであるから、いずれも新規性を有するものとは解されない。

(2) その他の各証拠については、その内容に照らして新規性自体は肯定できる(その詳細は、後記明白性を検討する箇所において併説する。)。

所論は、原審で取り調べた各証拠は、証拠資料としては、確定審において取り調べたものと同一であるから新規性がない旨主張するが、単に証拠資料として同一でも直ちに新規性を否定できないことは前記一の(二)に述べたとおりであり、右のとおり新規性を有する証拠の存することが肯定できるから、右の限度において所論は採用の限りでない。

三  本件各証拠の明白性について

そこで、次にこれら新規性の肯定される各証拠の明白性の存否すなわち前記一の(四)記載のとおり、これら新規性を有する証拠を確定審における証拠と総合して、確定審の事実認定に合理的疑いが存するかについて、以下判断する。

まず、右新規性の肯定される証拠は、本件確定判決の事実認定過程の重要部分であるB子証言の信用性、請求人の各供述調書及び供述の信用性に深くかかわるものであり、原決定は、確定判決の証拠構造自体に極めて多くの欠陥がある旨摘示するので、その当否について検討する。

1  確定判決の事実認定

確定判決は、その補足説明において、本件争点を「結局B子がHから右商品券等を受け取ったことを、その後申立人において容認し、これが申立人の職務に関し授受したものと認められるか否かにある。」としたうえ、有罪を認定した理由について、大要、次のとおり説示している。

(一) 証拠の標目挙示の各証拠のほか、司法警察員作成の捜査差押調書によれば、以下の事実が認められる。

(1) Hは甲野町発注の測量、設計等の委託業者としての指名を受けたいと考え、昭和五四年ころから入札参加資格申請手続をなしたものの一度も指名を受けたことがなく、同五六年一月ころから仕事の関係で知り会った同町建設課長のKに右指名を受けられるように取り計らい方を度々懇請していたが、同年三月下旬ころKから町長である請求人に挨拶をしておくように示唆されたため、同町から指名を得るには、請求人に対し金品を贈るなどして挨拶をしておく必要があると考え、Kから現金ではまずい旨言われたので、商品券を贈ることにし、株式会社西友ストアー郡山西武店において、二〇〇〇円券が五枚で一綴になっている商品券二〇冊、券面額合計二〇万円の包装紙に包まれた箱入りの商品券(以下、「本件商品券」と言う。)及び洋酒一本を購入したうえ、同年四月上旬ころの午後三時ころ請求人方を訪れた。しかし、当時請求人不在のため、Hは応対に出た請求人の妻B子に対して、「乙山測量のHです。よろしくお願いします。」と述べ、商品券等を差し出し、「有限会社乙山測量設計社 代表取締役H」と印刷された名刺一枚を添えて手渡した。

(2) 請求人の妻B子は、夫が不在中に受け取った土産物等については、原則として帰宅した請求人に品物を持参した相手の名前を告げて報告し、名刺を受け取った場合には直接手渡すか一階茶の間の仏壇前の机上に名刺を置いて請求人が気付くようにしており、請求人はこれを一階茶の間の仏壇引き出し内に入れるのを通常としていたところ((2)のイ)、昭和五八年一一月九日の請求人方の家宅捜査の際に右仏壇引き出し内から名刺一枚が発見されたが、これが右の際に交付された名刺とは断定できないが、その可能性は否定し難く、そうでないとしても、同年四月下旬ころHがF土建社長であるFとともに再度請求人方を訪れた際請求人側に渡ったものと言って差し支えない((2)のロ)。

(3) 同町における前記指名手続は、企画財政課長と担当課長が指名業者を選定したうえ、最終決定は町長である請求人の決裁を受けることになっているところ、Kは、昭和五六年四月一日建設課長から企画財政課長になり、Hとの経緯もあって町長である請求人に対し乙山測量という会社の名をあげて、同社から挨拶があろうかと思いますのでよろしくお願いしますといった趣旨を報告し、その後、これまで指名したことがない乙山測量を同町発注工事の指名業者として選定する文書を起案作成し、請求人の決裁を求めた。これに対して、請求人は、右書類に目をとおしたうえ、Kに特段の説明を求めることもなくこれを承認する旨決裁し、乙山測量は、同年五月初から八月末まで五件(請負代金合計約一〇七万円)の発注を受けた。

(4) 請求人は昭和五八年一一月九日警察官から本件取調べを受け、当初否認したが取調官の説得で自白し、その際、取調官から、悪いと思うなら本件商品券に相当する金員をHに返却する方が良いと言われたので、翌一〇日午後六時ころH方に赴いて、その父Iに対し、「乙山測量が、うちの家内に商品券を置いて行ったので、商品券の代わりにこれを受け取って頂きたい。」旨述べて現金二〇万円を交付した。

以上、① 本件商品券等は乙山測量が指名業者となれるよう請求人に取り計らってもらう趣旨でHから請求人の妻に交付され、これが事実上請求人の支配下に入ったこと、② そのころまでに請求人はKを通じて、乙山測量が挨拶に来ることを知っていたとみることができること、③ 請求人は、Kが作成した乙山測量を初めて指名業者とする旨の書類をKに特段の説明を求めることなしに決裁し、その後間もなく同社は同町から受注していること、④ B子は、請求人不在中に受領した物については、通常これを請求人に報告していたことから、本件商品券についても同様の取扱いがなされた可能性が甚だ高いこと、⑤ 本件商品券等は、結局Hに返還されることなく、使用されていること、⑥ 請求人は、警察官の勧めがあったとはいえ、本件商品券に代えて二〇万円の金員をH方に返却に赴いた、という各事実を総合すれば、右認定事実のみによっても、B子がHから本件商品券等を受領した事実をその後請求人が容認し、これが請求人の職務に関し授受されたものと一応推認される。

(二) これに反するB子の証言は、HがB子に本件商品券等を交付した際、名刺を添えていること、B子は長期間町長の地位にある請求人の妻であり、来客の手土産、名刺等の処理については十分な心得があると考えられること、同証人の記銘力・本件商品券の重量等に徴し甚だ不自然不可解であるばかりでなく、同女が証言するような事実があったとすれば、それは当然、捜査段階で述べられているはずであるのに、捜査段階では何ら述べられていないことに照らして措信し難い。

(三) また請求人の自白調査の信用性については、請求人は、昭和五八年一一月九日午前九時すぎから、福島県警察機動捜査隊において、在宅のまま収賄の嫌疑で初めて警察官の取調べを受け、当初の一時間三〇分ないし二時間は否認していたが、その後自白に転じ、同日午後四時ころには供述調書が作成され、引き続いて行われた検察官の取調べに対しても同旨の供述をなし、同月二八日福島地方検察庁において検察官の取調べを受けた際には更に詳細な自白をなし、これ以外に捜査官から何らの取調べも受けていないところ、請求人は自白した点に関して、公判において、「警察官の初めての取調べを受けた際に、当初否認していたら、警察官から、『認めないとHやKを再度調べなければならないし、町中が大騒ぎになり、重大な問題となる、今回は選挙違反の時と違って町長を辞めるようなことにはならないし、金額も少ないから罪にはならない、町長としての実績も分かっているし、県警本部長らも同町が大騒ぎにならないように考えているから、心配しないで答えてくれ。』と言われ、警察官の言うとおり答えれば起訴されないと信じて、身に覚えのない事実を警察官のヒントに合わせる形で供述して自白調査が作成され、検察官の取調べにおいてもこれと同様の供述をした旨述べるが、本件は町長の名誉、政治生命にかかわることであるから、全く身に覚えがなければ、潔白を主張するのが自然であり、自白に至る経過、自白の維持、自白に関する請求人の公判廷での種々の弁解からすれば、被告人が自白したのは、身に覚えのあることだったから、好意的態度を示している取調官に対し早い段階で自白し、事件処理を含め事態を穏便に済ませようと考えたためとみるのがむしろ自然である。請求人の自白調書中には、本件商品券の使途先について客観的証拠と矛盾する記載はあるが、D子の供述調書の日付が被告人の第一回目の取調べの日より後になっていることに照らし、これが捜査官の誤認が反映したものとみることはできず、むしろ、請求人の思い違いの結果とみることも可能で、自白調書は信用性があり、以上(一)ないし(三)を総合すれば、本件事実を認めるのが相当である、としている。

2  確定判決の事実認定に対する原決定の批判及びその検討

(一) 原決定は、確定判決の理由中、前項(一)の②、③及び⑥の各事実については、いずれも独立には勿論、他の事実を補強する事実としても、右の推認の事由となるものではない旨摘示するので、この点について検討する。

まず、原決定は、確定判決が②の事実を右の推認の事由としている点について、要するに、既に乙山測量から自宅に本件商品券等が届けられていたことを知っていたとの事実を前提として、初めて請求人において贈主及び贈与の趣旨を推測できたはずだと言えるにすぎないところ、本件においては、請求人がこれを知っていたか否か自体が争いであるから、②の事実をもって直ちに右の推認の事由とすることはできない旨摘示するが、なるほど、来訪予定を知らされていた事実から、直ちに来訪したことを知っていたことを推認するのは困難ではあるけれども、確定判決は、妻が受領したことを容認したことと、これが職務に関し授受されたものであることとを区別することなく、①ないし⑥の各事実により推認できるとしているのであり、右②の事実の存在は、請求人が本件商品券等がHから届けられたことを知った場合に、その趣旨を理解できたであろうことを推認させるものであることは明らかであるから、これを他の事実と相まって公訴事実を推認する一事由とする確定判決に論理矛盾はない。

次に原決定は、確定判決が掲げる③の事実について、請求人は担当者である企画財政課長が、指名業者を選定して作成してきた書類を決裁しただけであるから、特に、その選定手続の公正さについて疑いがもたれる場合であるとか、乙山測量をその事業の指名業者とすることがふさわしくない場合である等の事情が認められない限り、決裁するに当たって特段の説明を求めなかっただけのことを収賄の事実を認定する積極的な根拠とするのは無理である旨摘示する。しかし、控訴審判決も適切に説示するように、町の発注にかかる事業につき、特にそれまで一度も指名されなかった業者をあらたに指名に加えることの可否は、町長たる地位ないし職務上、及び町の行政上数ある決裁案件の中でも特に慎重な検討を要する重要な案件の部類に属するものと思われることなどから、かつて全く指名されたことのない乙山測量が、右時期に委託業者として指名され、しかも町長である請求人が事務担当者のKの作成、起案した文書を同人に特段の説明を求めることもなく決裁したことは、他の事情と相まって前記推認を可能とするものと言える。そればかりか、本件贈賄はそもそも、KがHからの依頼を受けて、同人の経営する乙山測量を初めて指名業者として選定する起案文書を町長に上げるについて、そのスムーズな決裁を意図してHに示唆した結果行われたことが明らかであるところ、この事実は反面において、町長に対する事前の挨拶等をなさずにKが同様の起案文書を町長に上げると、町長から指名についての説明等が予想されるから、と考えて誤りはない。したがって、初指名の手続において、請求人が特段の説明を求めなかったことを、事前にその業者を知っていたからと考え、これを本件収賄推認の一根拠とすることに論理矛盾はなく、この事実のみから収賄の故意を認定するのは無理ではあるが、他の事由と相まって推認を可能とする一事由と言うことができる。

更に原決定は、同⑥の事実について、請求人が警察官の取調べ終了後、自らH方に二〇万円を返しに行ったのは取調官の勧めによるものであるし、取調官から、自己の妻が実際に受け取った賄賂の商品券(二〇万円相当)を供与者に返した方が良いと勧められれば、このことを自己において容認していたか否かにかかわらず返しに行くのがむしろ自然であるから、これが収賄を容認したことの認定の根拠とはなり得ない旨摘示するが、請求人として、妻B子を介して受け取ったことを了解のうえで、警察官の穏便な措置を期待して、早々に受領商品券相当額を返却に赴くことは十分あり得ることであるが、これに対して、他方、仮に自分として身に覚えがなく、妻も知らないと言っている(請求人及びB子の確定審における各供述)のであれば、むしろ請求人としては、妻に対し、Hについての記憶を十分喚起させて事情を聴取すべきであったと考えられるところであり、これをしないでKの弁護人であるJ弁護士に相談したのみで、性急に自らH方に赴いて二〇万円を交付していることは、右の請求人の供述等の信用性自体に少なからざる疑義を残すものであって、原決定のように、「身に覚えがなくとも、警察官が穏便に済ますと言ってくれておれば『自ら』これを返しに行くのがむしろ自然である」とは言えず、確定判決が右の事実をもって、公訴事実を推認する一事由としている点に誤りはない。

(二) 次に原決定は、同①、④、⑤の各事実につき、他に特段の事由がなければ推認が可能であるが、本件は、B子及びE子がこれに反する証言をなしていて、その信用性を否定しがたい旨摘示しているので、この点について検討する。原決定はまずB子とE子の証言が符合している点を重視するが、B子とE子は実の親子であり、請求人はE子の父に当たることを考えると、請求人に利益な事由について符合しているからといって、経験上、直ちにその信用性が肯認できるとは言い難い。のみならず、確定審における両者の証言は、重要な部分において食い違いをみせている。すなわち、B子証言は、E子に本件商品券を持たせる際、中身が商品券と知っていたが、五〇〇〇円か一万円分位と思って、東京で使えるなら使えと言って渡した旨述べるのに対して、E子証言は、中身を知らずに貰って帰り、家で開いて中身が商品券でしかも二〇万円分あったことが分かった旨供述していて、本件商品券をE子に持たせる際のB子の認識について相違を来たし、ひいては右弁解の信用性にも多大の疑問を残すものとなっている(B子は原審段階に至り、確定審におけるとき証言と同旨の、自分もE子に持たせる際右包みの中身が商品券であることをも知らなかった旨の上申書を提出し、かつ原審における証人尋問においても同様に供述しているが、確定審におけるB子の証言が、同人に心理的な混乱を来すようなことがない状況下で、ごく自然に述べられたと認められることに照らすと、右段階に至ってこれを変更する同人の証言の信用性には、大きな疑問がある。)。また商品券の使途についてのB子及びE子の各証言が、客観的証拠に一致する点があることはそのとおりであるが、他方請求人が当初において商品券の使途の一部であるとして自白した眼鏡購入の事実も、正に客観的証拠で裏付けられたものであり、これが別口の商品券によるものであるかは判別不能ではあるものの、商品券の使途についてのB子及びE子の各証言に全く疑義を入れる余地がないとは言えない。その他B子の証言の信用性に関する事由として確定判決の提起する疑問中、本件商品券等には乙山測量、代表取締役の肩書のついた名刺を添えているとの点について、原決定は、名刺は離れることがあり得る旨指摘しているが、形式的には、貼付されたものではないから、離れることもあり得るとはいえ、一見して請求人の職務に関係している業者と分かる名刺が添えられていて、町長の妻としてこれら名刺や土産物の処理に十分な心得があると考えられ、通常なら報告されていた贈答品について、しかも商品券としてはかなりの重量の物について、請求人に報告しなかったとする事情についてのB子証言に対して確定判決の提起する疑問には十分説得力がある。また、B子が本件商品券の受領について捜査段階では述べず、公判に至って、証人として出頭してきたHを見て思い出したとして受領したことを述べている点についても、原決定は格別不思議ではない旨摘示するが、確定審におけるB子証言によれば、これまで二〇万円もの商品券を受け取ったことはなく、娘のE子から電話で知らされ驚き、このことを請求人に内緒にすることにしたというのであるから、もしそれが事実であるとすれば、いわくのある物の授受として、より印象深い出来事として記憶に残るものと思われ、その約二年半後に警察官の調べを受けて商品券の受領について種々尋問されながら、「思い出せないために」供述できなかったとし、また、そのことを公判段階でHを見て思い出したと証言する点には、不自然、不合理さが顕著であり、他方、E子証言についても、仮にその証言するように商品券の受領をB子から口止めされたのであれば、請求人の本件公訴提起を知らされた段階でこれを思い出さないことは、本件公訴提起の請求人方及びその関係者に与えたであろう有形無形の衝撃に照らしても、到底考えられないところであり、これら数々の疑義があるにもかかわらず、右各証言が「信用性を全く否定することはできないものである。」とは言えない。したがって、同①、④、⑤を公訴事実を推認する一事由とした確定判決の判断は是認できる。

(三) 更に、被告人の自白の信用性についての確定判決の判断を批判する原決定についても、確定判決が請求人が使途を思い違いしたものと判断した点について、B子が本件商品券をE子にやったことを忘れてしまうことは到底考えられないとして同人の証言を排斥しているから、同じ論法でいけば、収賄をした本人である請求人の右使途に関する思い違いについても到底考えられないことになろうと批判するが、B子が失念したとすることの不合理さは、それ以前に貰ったより小額の商品券の受領については記憶していながら、より近い時期に、はるかに高額の商品券をもらったことを忘れてしまうということが、通常考えられないとの点にあるのであり、請求人が単純に商品券の使途を同じ二頭龍大神鎮座祭に遠方から来たいずれも身内である姉のD子と娘のE子とを取り違えたのとは事情を異にするから、右批判は当たらない。また、面識のないHからの賄賂である本件商品券を収受することは、発覚すると自己の政治生命にもかかわるから慎重を期すはずであるのに、留守中置いて行ったのを簡単に受け取ったとするのは不合理である旨指摘するが、既に請求人はKから乙山測量の者が行くからよろしくと言われているのであるから、全く知らない者からの品を受け取る場合とはいささか状況が異なり、右の指摘は当を得たものとは言えない。次に、原決定は、調書内容の簡略さや不正確さや取調官の説得状況に鑑みると、身に覚えがないが起訴されないと信じて自白した旨の請求人の弁解を一概に排斥することは困難であるというが、この点も、請求人の地位や犯行を認めることによる種々の影響等を考えると、確定審における請求人の公判供述を排斥した確定判決の判断に不合理さを見出すことはできない。更に、原決定は、通常否認を続ければ逮捕が見込まれる本件においては、請求人が取調べにおいて頑強に否認しなかったことを重視すべきではないというが、請求人が、自白した理由として供述するところは、穏便にすましてもらえるから、というもので、逮捕をおそれて自白したといったことを述べているものではないから、通常否認を続ければ逮捕が予想されるかどうかは本件においては重要ではない。結局において請求人は、在宅での取調べの初日、及びその後約三週間置いた在宅での取調べでも、結局において同様の自白を維持しているのであるから、これらの事由に照らしても、捜査段階における請求人の自白の信用性は優に肯認できる。

以上、確定判決に、原決定の指摘するような疑義を見出すことはできない。

3  原決定の明白性判断に対する検討

そこで次に、原決定が確定判決の認定に合理的疑いを差し挟むに足りる新証拠によって認められる事実であるとする、原決定理由第三の三及び五記載の各事実について検討する。

(一) 原決定は、新証拠によれば、あらたに、甲野町における昭和五六年当時の委託業者指名の方法は、主管課の素案に基づき企画財政課長が指名伺いを作成して、関係課の課長と合議し、助役の決裁を経たのち、町長の決裁により決定されていたが、助役、町長の決裁の段階で修正が行われたことはほとんどなかった事実が認められる旨摘示する(同三の1)。しかし、確定審で取り調べられた証拠中には、被告人の「現に、私、町長が指名業者を決定する最終段階で課長達にこの業者よりこの業者の方が良いんじゃないかということで案の中に載っていない新たな業者名をあげて検討させたこともありました。又、案に載っている業者について、この業者はダメだから別の業者を考えた方が良いんじゃないかと言って検討し直させたこともありました。」(昭和五八年一一月九日付検面調書)旨の供述記載もある反面、Kの証言中にも、頭書事実と同旨の「業者の指名に関し、起案したものが町長の決裁を得られないというようなことは、私(K)の段階ではなかったような記憶がする。」旨の供述部分があり、確定判決は、請求人が決裁段階で常々修正を加えていたといった事実を認定しているわけでもなく、Kの右証言をも排斥しているとまでは言えないから右事実が「新証拠」によってあらたに認められるものともなし得ない。

また原決定は、新証拠によれば、あらたに、乙山測量が昭和五六年四月に同町の委託業者として初指名されたのは、企画財政課長のKが、右事業の主管課である建設課の課長補佐に特に乙山測量の名をあげて付け加えさせたことによるもので、乙山測量は、Kが在職中の同年度中に五件受注したものの、同人退職後の同五七年度中には一件も受注していないことが認められる旨摘示する(同三の2)。しかし、同項に掲げる証拠は、乙山測量への発注手続についてより詳細な点を立証するものとしてあらたなものとは言えるが、同項に摘示する各証拠によって認められる事実からは、当初の指名選定において、主管課でも乙山測量を考慮に入れてはいなかったことが明らかであり、乙山測量が初めて受注するについてはKの意向が強く反映しているものとして、助役や町長の決裁段階で説明を求められる可能性が減少するわけではないことが窺われ、この点はむしろ確定判決の認定を補強しこそすれ、それを揺るがすものとは考えられない。

更に、原決定が、右の各事実によれば、確定判決が③の事由を推認事由としたのは誤りである旨摘示する(同五の第二段落)点についても、右に見たとおり、原決定は「新証拠」によると、町長の決裁段階においては「手直し」されることが殆どなかったことが認められるとしているのに対して、確定判決はそれ以前の段階である「説明を求めなかった」点を捉えて公訴事実を一応推認させる一事由になるとしている(その推認が合理的であることはすでに述べた)のであり、原決定が「手直しがなかった」との事実によって確定判決の推論を否定するのは相当とは思われない。また、乙山測量に同町の設計測量事業を委託させるために具体的に動いたのはKであって、請求人は積極的にこれに関与加功したものでないことは、既に確定審における各証拠によって明らかであって、確定判決もこれを当然の前提としているものと解され、したがって、右各「新証拠」によって認められる事実を加味してみても、確定判決の証拠構造に異動を来すものとは言えない。原決定は、新証拠の有無にかかわらず確定判決の判断そのものに対して有している否定的判断を、新規明白性のない証拠を契機として示しているに過ぎない。

(二) 次に、原決定が鈴木勝男の原審証言及び同人作成の捜査復命書をもって認定するところは(同三の3)、既に同項挙示の各証拠に新規性が認められないことについては前示のとおりであって、これらによって認められる新事実であると原決定が摘示する点、即ち、同人が請求人を取り調べるに当たっては、それまでに判明していた事実により、請求人が本件収賄をしたことは間違いないとの確信のもとに取調べに臨み、自己の右確信に合う請求人の供述のみを真実の供述とみなし、それ以外の供述については聞き入れる態度を示さず、繰り返して自白を求め、請求人の供述中自己の確信に沿う部分のみを録取して供述調書を作成した、との事実についても、その根拠となったと思われる証言が、確定審で取り調べた鈴木勝男の証言と大同小異で、同旨の証拠資料に対する判断ないし心証形成において確定審と異なっているにとどまり、これが新証拠によって認められる事実であるとは言えない。

原決定は、右の事実に加え、鈴木勝男作成の捜査復命書、J弁護士作成の陳述書、請求人の昭和五八年一一月二八日付検面調書によれば、被告人の供述が、同年一一月九日の取調べの当初においては否認し、取調官の「粘り強い説得」の結果商品券をもらったことを認めた後も「五万円位だったと思う。」とか「商品券は丙川のものだったと思う。」等とHの供述する事実と食い違う供述をしたのち、自白するに至り、引き続いて行われた検察官の取調べにおいても同様の自白を繰り返したものの、翌一一月一〇日J弁護士に商品券分を返還することについて相談した際には、「取調官の誘導により、Hから商品券二〇万円をもらったとの事実と異なる内容の供述調書に署名してきた」旨話し、更に、同月二八日の検察官による再度の取調べを受けた際には、当初「もらった商品券は一〇万円で誰からもらったかわからない」とか「商品券は姉には上げてない」等と否認していたか、やがて検察官の説得によって再び自白したもので、その供述は変転していた事実が認められ(同三の4)、また更にHの上申書をも併せると、請求人は、右のような供述の変転以外にも、当初の取調べにおいては二〇万円の商品券をもらったことを認めながら、翌日J弁護士に相談した際には「Hに返す金額は一〇万円がいいか、二〇万円がいいか」を相談し、翌日釈放されたHに電話をかけて「商品券の金額はいくら位だったのか」と尋ね、更に同月二八日の検察官の取調べにおいても、「Hの父に『商品券渡したということになっているんで私の心が済まないから受け取って下さい』と言って返した」旨供述するなど、事実を自白した者として不自然な言動をしている事実が認められる(同三の5)とし、これらによれば、請求人の捜査段階における本件収賄についての供述は、変転しているばかりか、受け取った商品券の金額等についても、自白後になお多くの不自然な言動をしていたことがみられるが、これは最初に請求人を取り調べた警察官が、すでに判明していた事実から、請求人が本件収賄をしたことは絶対に間違いない真実であるとの確信のもとに取調べを行い、前示のとおり自白の確信に合う供述のみを求め、それ以外の供述には全く耳を貸さなかったことによるものと思われ、このことは自白後における前示のような供述の変遷及び商品券の金額等についての不自然な言動等からも窮われ、請求人の員面調書の自白の信用性には多くの疑問が残り、前示三の2の(三)記載(原決定四の5)の確定判決自体における請求人の自白の信用性判断への疑問とも併せ考えれば、捜査段階における請求人の自白に信用性を認めることはできない旨摘示する(同五の第三段落)。

しかし、原決定が同三の3ないし5において拠って立つ新証拠と称するもののうち、J弁護士の陳述書を除けば、いずれも新規性に乏しいもので、新事実と称するものの大部分も、確定審において既に証拠上現れていたものである。

また確定判決における請求人の自白の信用性についての判断が妥当なものであることは前示のとおりであって、原決定は、自白の変転していることを重視し、これが取調官の押しつけによるものとしているが、取調べにおいて、客観的証拠との対比からその供述を質していくことはやむを得ないところであり、使途先についても、眼鏡代として費消したことも請求人の供述を元に裏付けをして判明したものであり、また姉のD子への贈与も請求人が自発的に供述しなければ記載されることがなかった事実であって、これらに照らしても、取調官の不当な誘導によって記憶と違う供述を強制された事跡は窮われない。新証拠であるJ弁護士の陳述書に記載されている請求人と同弁護士とのやりとりについては、同弁護士は、結局一〇万円か二〇万円かは程度問題に過ぎないとして警察官の勧めに従うことを助言したというのであるから、請求人の相談の主眼も、心裡留保を伴いつつも、収受相当額を返還することの当否ではなく、その額をいくらにしたら良いのかにあったと解されるから、警察で自白調書を作成した後、同弁護士と右陳述書記載のようなやりとりがあったからと言って、直ちに自白の信用性を損なうものとは言えない。またHに対する本件商品券を届けた事実についての確認電話についても、右弁護士への相談と同様に、授受の額を確かめることに主眼があったことは明らかであり、更に、二回目の検察官による取調べの当初における否認についても、同日中に検察官の説得によって再び自白をしているものであるところ、請求人は自白した理由について、確定審において「検察官から、そのことは公判になってから言え。」と言われた旨述べるが、否認した状況についても調書が作成されていることや、また、検察官からその程度のことを言われただけで、起訴されることが強く予測される状況下で虚偽の自白をしたものとは考えにくく、むしろ、右の二回目の取調べの当初否認したのは、弁護士への相談や、Hへの電話等と同様に、事実はあるが、処分を穏便なものとしてほしいとの気持ちの現れと考えるのが自然であり、これら請求人の言動の存在が、請求人の自白の信用性に影響を及ぼすものではない。

したがって、原決定が同三において摘示する「新証拠」を併せ検討してみても、未だ確定判決の認定を左右するものではなく、右各証拠に明白性は肯定できず、右各事由によって明白性が認められるとする原決定の判断は当を得たものとは言えない。

4  原審に提出ないし取調べ済の「新証拠」の明白性について

原決定は、前項で検討した各証拠によって明白性が認められるとしているので、それ以外の各証拠の明白性の判断を示してはいないが、前項での検討に加え前示の新規性を肯定できない証拠も含めてその明白性の存否について、以下判断する。

(一) まず原審で取り調べた証拠のうち、弁護人提出にかかる写真一四枚、請求人方住宅一階平面図は、H作成の上申書及びB子作成の上申書(一)、G子作成の上申書、原審におけるB子証言及びE子証言を補足するもので、その証拠価値は、右各証拠と一体として判断されるべきものである。

また二頭龍大神祭神記は、本件当時右祭りの準備で忙しかったとの事実を立証するものであるが、すでにこの点は既存の証拠によって明白であり、右書証によって補強されたからといって、確定判決の認定に影響を及ぼす性質のものではない。

(二) 次に、B子及びE子の原審における各証言、B子(二通)、G子、C子作成の各上申書並びにJ弁護士作成の陳述書を、既存の証拠と総合して検討するに、G子作成の上申書は、本件当時請求人方に手伝いに来ていた同人がB子の指示によって片づけた物が本件商品券等であることを窺わせる記載になっており、B子作成の上申書(一)と符合する内容となっているが、G子が確定審の控訴審段階で証人申請された経緯、同人とB子との関係や、六年も前(確定審の控訴審段階の時点でも三年前)の出来事である。請求人へ手伝いに行っていた時の些細で、しかも印象に残りがたい行為について、詳細に記載されていることなどに照らすと、その信用性は慎重に吟味すべきものであるところ、右G子の上申書と符合するB子の原審証言及び各上申書は、見ず知らずの来客が、「乙山測量です。」などと言って名刺を添えて寄越した物について、一顧だにせず、機械的にG子に片づけさせて、そのまま失念したとするもので、いかに当時二頭龍大神祭の準備に追われていたとはいえ、町長の妻の行動として到底信用しがたいばかりでなく、その後旬日を経ずして、自分が中身も調べず娘のE子にくれてやった物が二〇万円の商品券であったことを知って、同人に口止めしたとしながら、確定審の公判に証人として出廷したHを見るまでこのことを思い出さなかったという極めて防衛的傾向の強い供述に終始していて、確定審で取調済である同人の同年一一月九日付員面調書に照らしても措信の限りではなく、G子の上申書によってもこの点の信用性を肯定できるものではない。また、E子証言についても、二〇万円の商品券受領についてB子から、父である請求人には内緒にしておくように口止めされたとし、商品券の性質を看取できた状況にあったことを窺わせる供述をしている反面において、請求人が本件により起訴され、その町長としての進退に重大局面を迎えたことを知りながら、これと右二〇万円の商品券とを関係付けて考えなかったとするなど、その証言の信用性には随所に払拭しがたい疑問があるのであり、同人と請求人及びB子との関係等にかんがみても、これら原審で取り調べた各証拠によっても、前示のような疑問のある確定審におけるB子及びE子の各証言に信用性を付与することはできず、いわんや確定判決の認定を左右するものではない。

また、J弁護士の陳述書についても、前項で検討したとおり、それが自白の信用性を左右するものとは言えない。

更にH作成の上申書は、本件商品券をB子に差し出した際には商品券は西武デパートの包装紙に包まれたうえ、西武デパートの紙袋に入っていたとする点で新規なほかは、確定審における証言と同旨であることは前示のとおりであり、右新規とする点についても、これまではそのような供述をしてはおらず、同人の同年一〇月一五日付員面調書(謄本)には、「風呂敷等には包まないで、包装してくれたままで二個の箱を一緒に持って行った」旨の記載があることや、かような贈り物を届ける際の世情一般の儀礼習慣にかんがみても、紙袋に包んだまま出して「よろしくお願いします。」と言うことは、全くありえないとは言えないものの、ごく親しい間柄にある場合であればともかく、本件における同人の立場から考えればその信用性に疑義なしとせず、措信の限りではない。

(三) 次に原審が職権により取り調べた各証拠のうち、司法警察員鈴木勝男作成の捜査復命書、H、Kの各検面調書、Hの各員面調書(各謄本)は、確定審において取り調べたものと内容的に同旨か、これをより詳細にしたのみで、本件の争点について確定判決の認定に影響を及ぼすものではなく、また司法警察員高木信明作成の捜査復命書(謄本)は、請求人の姉D子から本件商品券の受領の有無等について事情を聴取した際の状況についてのもので、確定審において取調べ済のD子の員面調書によって認められる事実と同旨であり、更にL子、Mの各員面調書(各謄本)は、請求人が捜査段階において商品券の使途の一部として供述していた眼鏡を購入した事実について、その自白したとおり、眼鏡店で請求人が商品券によって眼鏡を購入していることの裏付けに関するものではあるが、確定審において取り調べた証拠以上に出るものではなく、いずれも確定審における認定を左右するものではない。

また、① 司法警察員佐藤邦男、同渡部貞一郎(二通)作成の各捜査復命書(謄本)は昭和五六年度ないし五八年度における乙山測量設計社を含む業者の受注状況についてのもので、乙山測量設計社の具体的受注内訳が詳細に記載されているもの、② Nの同年一〇月一一日付検面調書、O、P、Q、R子の各員面調書、Sの検面調書及び員面調書(各謄本)は本件当時における同町の事業発注手続一般を説明するもの、③ T、Uのそれぞれ検面調書、員面調書各一通、N(同年一〇月六日付)の員面調書(各謄本)は、特に昭和五六年度における乙山測量設計社等に対する事業発注手続の経過について説明するものであるが、これらからは、乙山測量設計社が受注できたのは、積極的にはKが同社を指名業者として名簿に名を上げたり、担当者に指示してその旨の発議書を起案させたためであることが認められるが、これが確定判決の認定を何ら左右するものでないことは、既に述べたとおりであり、その他これら各証拠によって、確定判決の認定を揺るがすものはない。

(四) なお、弁護人の所論にかんがみ、その確定判決に対する批判及び弁護人提出証拠の明白性についての判断を付加する。

所論は、請求人の捜査段階の自白の信用性について、右自白の根幹である商品券の使途に関する供述は、① 本件商品券中一〇万円分を姉D子にくれてやった旨の部分は、関係証拠からそのような事実がないことが明白であり、かえってB子、E子の各証言によれば、本件商品券全部をB子が娘のE子にくれてやり、請求人は全くこれを知らなかったことが窺われ、② 請求人は七月二六日に郡山西武店で眼鏡を商品券と現金で購入しているが、これは、以前にV子、W子から貰った商品券で買ったものであり、③ 一緒に届けられた洋酒について記憶がないことは商品券についても報告を受けなかったことを推認させ、④ 商品券の券種についても実際見ていれば分かるはずであり、これをはっきりしないというのは、取調官の強い押しつけや誘導があったことを窮わせる旨主張するが、この点については、所論指摘の点が請求人の自白の根幹をなすものであるかは別として、すでに原決定に対する検討の項で示したとおり、商品券をくれてやった先について姉のD子と娘のE子とを取り違えたものと認定することが不合理とはいえず、また眼鏡の購入に商品券を使用した旨の供述についても、請求人の自発的供述であることが明らかであることから、むしろ強制や誘導がなかったことを窮わせる事由と言うことができ、洋酒が届いたことや商品券の券種についてすでに取調官はHの供述からこれらを知りながら、請求人の供述調書中にはその点の記憶がはっきりしない旨記載されてあることは、むしろ所論のような取調官による押しつけ等がなかったか、少なくともそれが効を奏さなかったことが看取されるのであって、自白が虚偽である旨の所論は採用できない。

次に所論は、確定判決の事実認定(前記三の1の(一))中の(1)の事実について、HがB子に商品券等を「手渡した」証拠はない、同(2)のロの事実について、その際に押収された名刺はFと再度来訪した際のものである可能性が強い、また同(2)は原則ないし建前のみからの認定で明白な証拠に基づくものではない、また同(3)についても、乙山測量設計社が受注できたのは、Hから収賄していたK課長の起案によるもので、請求人としては小額な設計測量事業であったから特に問題がないと考えて決裁したに過ぎず、同(4)についても、取調官からの勧めで、好意的に言ってくれたものと思って従ったものであり、B子の確定審における証言は信用できるにもかかわらずこれを否定した確定判決の判断は、原則、建前論に終始した皮相的なもので、事実を誤認したものである旨主張する。

しかし、同(1)の事実について主張する点については、文字通り物理的に手から手に渡したものではなく、応対に出たB子の前付近に商品券等を置いて挨拶をし、これをB子が受領したものであることが証拠上明らかであり、その点において表現に不正確さがあるものの、その相違が確定判決の事実認定に影響を及ぼすものではない。それ以外の、同(2)ないし(4)の諸点については、前示2において検討したとおり、これら各事由を、請求人が本件公訴事実を行ったことを推認させる一事由とした確定判決に誤りはない。

また所論は、弁護人提出のH、B子(二通)、G子作成の各上申書、写真一四枚、請求人方住宅一階平面図、二頭龍大神祭神記によると、① 本件商品券等は、HがB子に手渡したのではなく、畳のうえに置いたこと、② 本件商品券等は、B子が片づけたのではなく、手伝いのG子に指示し、同人が贈答品が沢山置かれている下の座敷に持参して積み重ねたこと、③ Hが訪問した昭和五六年四月上旬ころは、二頭龍大神を祭る神社の建築のため多数の職人等が来ていて大層忙しかったこと、④ そのためB子はHの持参した物のことを忘れ、請求人にも話さなかったこと、⑤ Hは洋酒の箱の上に名刺を置いたが、B子にはその記憶がなく、請求人に名刺を渡してもいないこと、⑥ 本件二〇万円の商品券は、外観から中身が商品券とは分からないこと、⑦ B子は、土産を持たせてやろうと、中身も分からないまま、E子のバックにこれを入れたこと、⑧ B子は、そのことを昭和五二、三年ころのことと思い、考慮から除外していたところ、証人として出廷したHを見て思い出し、E子に確認してから、Hが来たことがある旨を請求人に話して同人から叱責されたこと、⑨ E子に渡す際、中身が商品券であることを知っていたような確定審における証言は、頭が混乱していたための間違いであり、真実は知らなかったこと、の各事実が認められ、したがって、本件当時B子は、Hが持参した本件商品券等について請求人に告げていないことが認められる旨主張する。しかし、①及び③は、その事実の存在があったとしても、これが直ちにB子証言の信用性を肯定することを帰結せず、⑥の事実は、B子や請求人の経験にかかるところ、本件商品券の外観は、商品券としてはやや厚手のものではあるが、商品券とはおよそ別物との外観を呈するものとまでは言えないばかりか、両名は既に、本件より以前にV子から西武の商品券を五〇〇円券で五万円分もらったことがあるというのであり、二〇〇〇円券を二〇万円分包装された本件と包装の体裁自体においてはさほどの有意的差異を来さないと思われることに照らしても、直ちに⑥のように判断することはできず、②の事実は、G子の上申書の記載の信用性にかかり、④、⑤、⑦、⑧、⑨の各事実はB子の証言および上申書の記載の信用性にかかるところ、これらが不合理で信用できないことも既に述べたとおりである。

更に、J弁護士作成の陳述書並びに請求人及びC子作成の各上申書に明白性がある旨主張する点についても、前示のとおり、これが、請求人の捜査段階での自白の信用性を肯定した確定判決の判断を揺るがすものとは解されない。

その他改めて原審において取り調べた各証拠を既存の証拠と総合して検討してみても、確定判決の認定は揺るがず、右各証拠が、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、これを覆すに足りる蓋然性のある証拠とは認められないから、結局刑事訴訟法四三五条六号所定の請求人に無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当せず、したがって、これらに基づく所論はすべて理由のないものと言わざるを得ない。

四  結語

以上の次第で、原審で取り調べた証拠には結局において明白性が肯定できないから、本件再審請求は理由がないものとして棄却されるべきであったにもかかわらず、本件が刑事訴訟法四三五条六号の場合に該当するとして再審を開始した原決定は取消しを免れない。論旨は理由がある。

よって、同法四二六条二項により原決定を取り消し、同法四四七条一項により本件再審請求を棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 金末和雄 裁判官 井野場明子 千葉勝郎)

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